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「生誕地は宇部」記念碑建立 初代長州藩主、毛利秀就
2012年9月13日(木)掲載
小野地区の歴史を後世に伝えようと建立された石碑=宇部市小野東阿武瀬
初代長州藩主、毛利秀就の生誕地は広島ではなく宇部市小野地区だった−。小野郷土史懇話会(井上元信会長、13人)の会員、平山智昭さんらが7年前から調査を続け、新たな説を打ち出した。郷土の歴史や史跡を後世に伝えようと、秀就誕生の地として記念碑を建立し、11日に除幕された。

平山さんによると、小野地区に残る古文書などを調べると「秀就は(当時の)小野村で生まれた」とあった。しかし、調査を始めた7年前は広島誕生説を誰も疑わず、「歴史学者らに相手にされなかった」と振り返る。

小野誕生説を捨てきれず、当時の小野村の領主、財満家の子孫らを訪ね歩いた。残っている文書を見せてもらえるよう依頼を重ね、文書を手掛かりに地区内の史跡、県内の寺社の記録などを調査した。

秀就は輝元の側室、二の丸の子。正室の子ではなかったため、二の丸が懐妊後、毛利家が絶大な信頼を置いていた財満家に隠れて産ませ、これは両家の秘密事項だった−との結論を導いた。

「歴史探訪は文献重視も必要だが、まず自分の足で歩いて、そこの人の話を聞き、自分の目で確かめ、点と点を結んで線にしたり面にする地道な楽しい学習」と平山さん。

秀就の産湯の池、暗殺を逃れるための隠れ穴、領主の財満忠久の墓などが小野地区に現存しており、これらの史跡や小野誕生説を裏付ける文書などを盛り込んだ新説歴史秘話『二の丸様の子 秀就公〜その誕生の謎を解く』(A5判、44ページ)を2009年10月に発行。2010年11月には山口県地方史研究第104号に論文が掲載された。

同懇話会は昨年4月、秀就公関連を中心とした地区内の史跡保存の機運を高めようと、「毛利秀就公誕生地史跡保存会」の準備会を設立。今年5月、平山さんを会長に、17人で保存会を発足させた。
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