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「源平周防国合戦」を立証?柳井・山添遺跡発掘調査説明会に80人
2013年2月24日(日)掲載
宋の白磁片が多数見つかった山添遺跡であった発掘調査説明会=23日、柳井市
壇ノ浦の戦いの前にあったとされる幻の源平周防国合戦。この合戦を裏付ける手掛かりと見られる中国・宋の白磁片が多数出土した柳井市阿月宇積の山添遺跡で23日、同市教委が発掘調査説明会を開いた。同市内外から歴史愛好家約80人が参加した。

同遺跡は海岸から数百メートルの山麓約3150平方メートルに位置し、市教委が国のほ場整備に伴い昨年11月から調査してきた。縄文時代後期から近代までの石器、土器片や土坑、中世の建物跡などが出土。平安末、宋から輸入し、当時、平氏や貴族が使用していた白磁片も50点以上が見つかった。

遺跡周辺には周防国合戦の伝承や「勝負ケ迫」「平家坂」などゆかりの地名が残る。しかし、鎌倉時代の史書『吾妻鏡』にわずかに記されているだけで、幻の合戦とされていた。白磁片の出土でこの合戦を立証する可能性が出てきたと注目を集めている。

説明会では同市教委の松島幸夫文化財指導員と同市文化財保護審議会の松岡睦彦会長が同遺跡から出土した遺物や遺構を説明した。参加者は白磁片を興味深そうに見入っていた。松島さんは「平安末、平家一族がこの一帯に船を係留し、とどまっていたのだろう。源氏に追われ、慌てて逃げたのでは」と指摘した。調査は3月まで行われる。

同遺跡からは柳井茶臼山古墳(4世紀末)と同時期の土坑と丸底つぼも出土。日本最大級の大鏡が出土した同古墳の石室に使われた安山石が同遺跡近くの山に分布しており、同遺跡の人たちがその安山石を運んだ可能性も指摘されている。
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