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柔道・原沢選手の弟、侑高さん 俳優として本格活動
2017年9月6日(水)掲載
「山口県の人は東京にいるときの支えや力の源になっている」と感謝する原沢侑高さん=東京都品川区
昨年のリオデジャネイロ五輪柔道男子100キロ超級で銀メダルに輝いた原沢久喜選手(日本中央競馬会)。その実弟で下関市上田中町出身の原沢侑高(ゆたか)さん(20)が今夏、俳優として本格的に活動を開始した。萩本欽一さんらそうそうたるタレントが名を連ねる芸能事務所「浅井企画」(東京)に7月から所属。「世界を舞台にしている兄のように、どんどん高いところを目指していきたい」と意気込む。

身長188センチ、足のサイズ30センチと4学年上の兄に迫る大きさだが、体重は75キロですらりとした立ち姿が目を引く。柔道2段で、幼稚園から小学3年生までと下関中央工業高校在学中に道場や部活動で稽古に励み、県大会でベスト4に入るなどの成績を残した。一方で「自分は役者になる」との思いが強く、耳をつぶしたくなくて寝技を嫌がるなど「本気でやらなかった」とも振り返る。

俳優を志したのは中学3年の時。米国の映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のDVDにあった特典映像で、主演のジョニー・デップがNGを出してスタッフを笑わせているのを見て「俺これやりたい」と思った。昔から目立ちたがり屋で、人を笑わせるのが好きな性格が、将来進む道を見いださせた。

高校を卒業したら上京して俳優になる−と家族に思いを打ち明けたところ猛反対。しかし、くじけることなく、高校の3年間かけて焼き肉店のアルバイトでためた100万円を母親に見せて説得し、認めてもらった。「友達はみんな遊んでいたのでつらかったが、我慢して我慢してバイトをした。青春を抑えられるくらい、自分には東京が光っていた」と話す。

2015年春に単身上京。下関時代にアルバイト先で偶然知り合った地元出身の映画監督、小林健二さんからの「芝居漬けになれ」との勧めで16年4月に劇団俳優座演劇研究所に入り、1年間にわたって芝居の基礎を学び、役者としての自信を付けた。その後、芸能事務所を約20社回ったが空振り。そんな折、思いがけず浅井企画所属で下関出身のタレント、剛州さんの紹介で浅井企画入りがかない、芸能界のスタートラインに立つことができた。

兄の久喜選手からは、俳優になることについて「そんなに甘い世界じゃない」「東京に来て挫折するやつは多いぞ」などと諭されてきた。「現実的な兄と自分は性格が真反対。『大丈夫だから』と非現実的な答えをして話が終わってしまう。ただ、相談すれば絶対に乗ってくれる。『応援しているぞ』とは口では言わないが、それが兄なりの応援の仕方だと思う」と感謝する。

自身のプロフィルなどで「兄はリオ五輪銀メダリスト」を前面に打ち出してPR中。「今は兄の名前を使わせてもらっているが、1、2年のうちには弟としてではなく役者・原沢侑高として世間に見てもらえるようにしたい」と語る。

目指す俳優は「存在感だけで人を笑顔にさせる佐藤二朗さんと、真っすぐな熱い芝居を見せてくれた故・緒形拳さん」。今一番出演してみたいジャンルは、学園ものや青春ものという。

「山口県の人が『原沢侑高は山口県下関市の出身だ』と自慢してくれるような俳優になりたい」と目を輝かせる。
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