山口新聞 ふるさと創生へ 県民とともに

展示室で。作品は「緋色掛分皿」(径55センチ、高さ8.5センチ)
 制作で大切にしているポイントは形。「焼き物は立体。壺でも茶碗にしても膨らみ一つにしても違う。高台が数ミリ大きいだけでも感じが違う」。
 「緋色掛分」や「陶筥」で評価を受けてきた。功績で2008年には芸術文化功労山口県選奨を受賞。
 緋色掛分シリーズは、無釉の皿や鉢に緋色と黒のグラデーションの面白さを求め、さらにその一部に釉薬(うわぐすり)をかけて御本を出して萩焼らしさを表現する。
 陶筥は、形の面白さにはまった。形が無限にある。20代からやっている。
 一緒に仕事をしてきた2歳違いの兄、吉孝(本名勝)さんを昨年9月に亡くした。
 吉孝さん夫婦には子どもがなかったから、週に2、3回は一緒に食事し、飲みもゴルフも一緒。「双子じゃないかと言われるぐらい」。仕事で40年、二人が大学に進んで家を出ていた6年間を除くと60年近くを一緒に過ごしたことになる。
 「心に穴が開きますよね、ぽかっと。寂しいですね。仕事場に行ったら2人だったのに、しゃべる相手もいない」
 作品にはともに一切言わないのが、長く続いた秘訣(ひけつ)だとか。「痛いところを突かれるのは、頭にきますからね」
 兄の作るものは作らないようにもしてきた。「吉孝井戸」と言われ、吉孝さんは井戸茶碗で評価が高かった。求めて、毎日のように一カ月も作り続けることがあったという。吉孝さんにとって井戸茶碗は神聖なものだったろう。「兄の領域に踏み込むことはタブーだった」
 呪縛から解かれるようにと言うのだろうか。今年になって初めて井戸茶碗を作った。
 「いとも簡単にできるじゃないですか。(しかし)仕上げてみると、井戸茶碗ではない。それからですよ。また作る。仕上げてはまた駄目。作っては駄目でしたけれどね」
 まずは吉孝井戸をまねて作っている。毎日作っている。午後3時から5時まで、なにがあっても作る。
 「兄がこんなにとりこになったのも、なにか分かるようになってきた。失敗して失敗して学ばなくてはいけないということが、やっと分かってきた」
 簡単にできないところに魅力があるという気がする。いつか自分の茶碗ができるのではないか。兄もそう信じていたと思う。ただ、吉孝さんは茶碗は登り窯でなくてはと固く信じていたが、そうは思わない。作品が良ければ手段はなんであっても、と言う。
 「この年になって、またやりたいことができた。目標ができた」
(文と写真・宇和島正美)
戻る
山口新聞ホームへ
掲載一覧

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます。すべての著作権は山口新聞社に属します。
 Copyright(C)2008 Minato-Yamaguchi Co.,Ltd.
お問い合わせは電子メールyedit@minato-yamaguchi.co.jp