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 人に夢を与える仕事でも夢がなくなった。遊びができなくなった。売りやすいものしか作れなくなった、と昨今の陶芸・萩焼事情を一くさり。
 国が栄えると美術品のいいものができると言うが、(経済的・政治的に困難な状況にある現在の日本では文化は細って美の創造にかかわる者が)自分に本当にやりたいことができなくなる。戦後の政治のつけがきているのではないか、と歴史専攻の目で日本と日本文化のいまを概観する。
 小学校のころから考古学が好きで、大学では西洋史を学んだ。「考古学はものを見極めなくてはいけない。須恵器は模様が面白い。模様が入っていたりするんですよね」
 同じように人間に興味があった。子どものときから人を見極めようとした。「社会的な地位にかかわらず、つまらん、俗じゃのうとか、見ていた」。子どもには見えなくてもよいものが見えてしまう。良く言えば、多感で早熟だった。
 実社会では生きていけないタイプではないのか、と思った。普通の仕事に就くのが嫌だった。本ばかり読んだ。そういうものに入り込んでいた。自分をまげてまで組織に合わせられない。食も細く、20代半ばまで体重は42、3キロ。
 焼き物ブームだった。家業があってよかったと、卒業すると半ば逃げるように帰郷。父が急逝していたので、兄の潔さん(1953年生まれ)に師事した。
 「焼き物の本質から外れていなければ、なにをやってもいいはず」。興味があることをできるだけやるようにしている。
 一つは穴窯での焼き締め=灰を降らして自然釉を取る▽一つは鉄釉の一種・天目釉の使用=形が生かせる▽一つは粉引き=伝統的な焼き上がりが好みと合う。食器を作る。
 いずれも装飾性はない、けれんみがない。焼き上がりで勝負する。
 「萩焼の焼き上がりは、こぎれいだけれどももの足りない。深みに欠ける。萩焼の焼き上がりでは、形の強いものは作りにくい」との信念がある。
 ただ、「(僕は)形を作る上で発想が貧困なところがある。技術もないけど。どういう形を作ったらいいか分からない。僕の弱点はそこ」と作品を分析。「いくら焼きは良くても、これでは駄目だと思いながら、穴窯にこだわる。少しでも焼き物らしいものにこだわる」
 土の味と焼き味。信じる焼き物らしい焼き物を萩の土で表現したい。
 見える過ぎることが、ハードルを高くするという。見えない人には、無論分からぬ世界なのだが。
(文と写真・宇和島正美)
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