山口新聞 ふるさと創生へ 県民とともに

窯展示室で。日常雑器は「伊羅保小鉢」と「なすの向付」。手にする作品は「萩白釉大鉢」(径53.5センチ、高さ14.5センチ)
 お父さんの後を継ぐんでしょう、と言われるのが嫌だった。嫌で家を出たが、29歳の春に帰って、父登陽さん(1938年生まれ)に師事した。
 合唱部員で中3、高3のときに独唱で山口県2位。高校のときには県代表になった。音楽の教師に勧められ、音楽関係に進みたいと思っていたが、焼き物屋の息子が音楽をやってどうするんだ、と父が言うのであきらめた。美術系の大学にと考えていたようだが、「どちらかと言えば美術は嫌いで、その気はなかった」。
 4浪して入った大学の法学部に5年間、大学院法律学専攻に3年間。院のときは司法試験に挑戦した。
 ただ、受験浪人のころから、父の仕事はすごいなと思うようになった。焼き物の奥深さ、意義が分かったと言う。
 登陽さんは日本伝統工芸展に27年間挑戦し続け、今年4回目の入選を果たして日本工芸会正会員となった。「父は職人肌で頑固で偏屈なところがあるが、焼き物に関してはまじめ。そういうところを後世に伝えていかないと、廃れるものがあると思った」
 作家が氾濫する時代だからこそ、受け継がれ受け継いできた技、焼き物に対する心を後世に伝えなくてはと思ったようだ。司法試験に合格しても、2足のわらじでと思っていた。
 今月で40歳になった。焼き物を仕事にして10年余り。制作では形を大切にする。
 「なかなか自分の形が見出せていない。試行錯誤というか暗中模索というか、そういう状況。最初の大きな壁にぶち当たっている。焦りますよね」。できない焦りと周囲の人と比べたときの焦り。
 陶芸作家に三つのタイプがあると言う。公募展作家、個展作家、クラフト作家。目標はクラフト作家。スタートのときから考えている。家族の団らんの中で使われる焼き物。使う人の喜怒哀楽とともに歩んでいけるような器。
 「たくさん作って、たくさん使ってもらうのがいい。使う人の心が豊かになるような器作りができれば」
 師匠、登陽さんは絶対的なものだが、最近はときに否定する存在でもある。「旧態依然としているところがある。ある程度、現代に合ったようなところも取り入れていかなくては。(父が)やっているところまでは、まだまだだが」
 先人が残し伝えてきたものを受け継ぎ検証し、ときに否定する。新しいものを創り出すためには必要な動作・作業だろう。
(文と写真・宇和島正美)
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