山口新聞 ふるさと創生へ 県民とともに

窯展示場で。作品は「萩緋紋炭化鉢」(径50センチ、高さ17センチ)
 小学校6年生のときの文集に「未来の自分」という題で、「10年後もろくろを回しているだろうと書いた」。
 山口萩焼の開祖、大和作太郎(1855〜1921、陶号松緑)が曽祖父。家業が焼き物で、10歳のころにはろくろを回し、湯飲みを作っていた。春、夏、冬の休みには、日に20個の湯飲みを作るのがノルマ。ごく自然に、焼き物を仕事にするんだと思っていた。伝統の萩焼にどっぷりとつかって高校までを終えた。
 京都の学校で焼き物の勉強を始めて、釉薬(うわぐすり)がなくても焼き物はできること、焼き締め技法の一つ炭化焼成を知った。
 萩焼は穏かに優しく焼き上げて、その土に特徴のびわ色や窯変(御本)を得る。焼き締めるには、まきを思い切り入れて窯に蓋をし煙突も閉めて、強制炭化する。
 「常識をぶち破られた。(釉薬をかけて漏れないようにしなくても)焼き締めだけで茶が飲める。なぜ萩(焼)は釉薬をかけなくてはいけないのか。疑問だらけになった」
 やらされていたのが、進んで焼き物をやりたくなった。「18歳のとき自分が大きく変わった」
 学校にあった窯で炭化焼成(炭化)の体験をした。酸素が得られずに炭として残った粒子が土の間に入り込み、素地全体が芯まで黒ずみながら焼き締まっていく炭化焼成を研究した。
 山口に帰って萩焼の土でやってみると、火のような色が出た。萩の土は鉄分を含んでいる。それで火色が出やすいと分かった。
 学生時代に「炭化」、帰郷して作品を作るようになって「黒彩炭化」、そして「炭化緋紋」と表現の幅を広げてきた。
 「黒彩」と「緋紋」、二つのシリーズがある。「黒彩」では黒のバリエーションを試みる。光るところ、くすむところ、白いところもある。炭化が進むと土から空気が奪われて白くなる。
 「炭化緋紋」では火色の帯を出す。炭化した部分が火紋になる。三輪龍作(十二代休雪)さんに「この感じがいい」と言われた。励まされて火色の比率を高めるようになった。
 炭化焼成による表現を始めて30年。「初めに炭化にびっくりしたときの衝撃、そのときのイメージまで達していない。まだできていない。あのときの衝撃がほしい」
 形はバリエーションを変えて、そこに「炭化」「黒彩炭化」「炭化緋紋」で紋様を付ける。焼成方法には酸化、還元、中性炎、炭化とある。「まったく違うものが出るので、やることはいっぱいある」
(文と写真・宇和島正美)
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