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仕事場で。作品は「郷海」(径40センチ、高さ40センチ)
 日常雑器を焼いた堀越焼の地で、曽祖父の代から焼き物を家業にしてきた。時代の流れで父秀信さん(1920〜90)の代には、土管やたこつぼ、植木鉢などを製造する窯業を主にした。学校を終えて帰郷したころには、また時代は移って、窯業製品はコンクリート製に押されて売れなくなってきていた。
 焼き物屋の子は見よう見まねでいつの間にか、粘土でものが作れるようになった。大学で陶芸部に入って焼き物屋の血に火が付いた。「俺は焼き物屋だったんだ」と気付く。
 「後を継いでくれ」と言う父の気持ちに応えるように帰った。なにより焼き物が好きだった。「焼き物は一生の仕事だと決めた」。父の仕事を手伝いながら自分の目指す焼き物を勉強した。
 〈だいたい堀越では−荒物が得意だった。ここで荒物と呼んでいるのは甕や壺など形の大きなもの〉〈堀越の陶器は、だいたいどれも赤黒くて鈍い光沢をもった肌である〉〈土管や蛸壺などにみるあの茶色だと思ってよい−美しさよりは実用を第一の目的にして焼かれた陶器であった〉(神崎宣武「やきもの風土記」)
 実用第一の水がめ、みそ壺、雲助、すり鉢など、堀越焼と言われるものは頭の中に入っている。
 それらをいかに現代の日本人の生活にマッチしたものに作っていくか。作る皿やカップ、すり鉢やかめなどが、いかに素朴な焼き物になれるか。それが堀越焼の特長で、きれいになっていくだけでは、日本中どこでも同じものになってしまう。
 「ここでやるということは、昔からのものを引きずっていくということ」。自分なりに作り変えていって、防府の堀越焼だと言われるものを作っていきたい。「私の皿をみて堀越焼だと言われたい」
 現代に通じる堀越焼を追究する一方で、日展など工芸展に作品を出品する。
 「ブラウンペーパー」(ろくろ成形の径50センチ前後の壺。伊羅保に似た釉薬)▽「萌芽」(和紙でくるんだ粘土の感触を感じさせる)▽「よそおう」(人間の心を表現した。布で包んだような柔らかい襞が特徴)▽「郷海」(生まれ育った風景を作品にした)。それぞれのシリーズはときどきの心象表現である。
 ただ「技術は両方を行ったり来たりしている。いい関係にある。現代工芸に出すときにいろいろと考える作業が、すり鉢を作るときにも参考になる」
(文と写真・宇和島正美)
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