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仕事場で。作品は「環」シリーズの一つ(高さ46センチ、横78センチ、奥行き25センチ)
  じいちゃん子だった。中2のとき祖父が亡くなって、きのうまで生きていた人がいない、自分もいつか死ぬ、と不安になった。生きていた証しを残したい、と思った。
 そんなとき、育った島根県邑南町(旧瑞穂町)、広島県境の山の中の公民館で焼き物の本と出合う。
 炎がそのまま焼き付いたような、触ったら温かいようなオレンジ色が出ている志野焼の茶わん。「死んだ後に、残っているものがあればいいな」と思っていた多感な少年は、焼き物を仕事にしたい、と思う。
 中学卒業後すぐにでもよかった。父と萩の窯元を訪ねて話を聞き、「10年間は修業」と許しを得た。ただ、働く現場は見せてもらえなかった。不安だった。担任の助言もあって高校に進んだ。卒業したら、と決めていた。
 文化功労者、吉賀大眉(1915−91)の窯に就職できたのは、職安経由の学校紹介で偶然だった。「先生に会えたのはすごい幸運。違う窯に入っていたら、全然違っていたはず」
 焼き物の基本的なことを的確に教えてもらった。「いいものと悪いものの違いは、ほんの少しの違いなんだ。それが見えるか見えないかだ」と言っていた。窯の商品、自分の作品、一生懸命作ったものでないと、顔を真っ赤にして怒られた。「心まで見抜かれた」
 一番大事なのは形、人の真似をするな、似てもいけない、自分の色・形を作れ、と教わった。
 一番大切にしているのは、教えの通り一生懸命作ること。
 作品は、ろくろ作りの鉄釉による作品群▽ひも作りの「光彩」シリーズ▽ひも作りの「環」シリーズと変わってきた。
 鉄釉による作品群は、赤い肌が特徴。釉(くすり)に鉄赤をかける。かけすぎても窯の温度を上げすぎても、釉が流れて狙い通りにはならない。窯任せという気がしてやめた。
 「光彩」は、流れにくい釉をかけて作る紫色が基本。釉をコントロールできて達成感がある。31歳から5年ほど前まで作った。
 両シリーズの作品には重心がある。形は回転体で、二つに切れば左右対称。「ろくろの延長上にある」と考えるようになり、循環する形、流動する形を作れないか、と「環」に取り組む。中は空洞で、焼くのが難しい。
 評価は気になるだろう。が、「作りたいものを作っている」。「そろそろ本当に頑張って作らないと、死んでしまう」と意欲を高める。表現に志した少年の日を思い出すことが、多いはずだ。
(文と写真・宇和島正美)
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