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窯ギャラリー前で。作品は「列状文花生」
(高さ34センチ、径3.15センチ)
 2001年末、エッセイに書いた。
 〈まず、私の萩焼のテーマである「櫛目烈文技法」に全力を注ぎ、もう一つの代表作である砥部焼「青白磁流水文」でのより高い完成度への挑戦を図ろうと思います〉
 砥部焼の愛媛県砥部町で生まれ、消防署に勤めながら磁器・砥部焼を36歳から始め、39歳で窯を持った。28歳のときに結婚し男の子が二人いたが、43歳で退職。萩の窯元に弟子入りして2年半働き、美祢で陶芸教室を手伝いながら陶器・萩焼を求めた。山口に窯を持ったのは49歳のとき。
 親の言いなりに就職したが、もの足りないものがあった。子どものころからものづくりが好きで美術系が得意。一人でできるものがやりたかった。
 身近にあったのは焼き物。教室で半年ほど勉強し、作れると確信した。自宅近くに砥部焼の販売店があって、「この辺りのものを作れば売れるんだ、というのは分かっていた」。
 焼き物には「絵がある。親に怒られる遊びが全部ある。子どものころの泥んこ、水遊び、火遊びがある」。やっと、天職を手に入れた。むろん家族の理解と応援があった。
 萩に来たのは、茶陶を勉強したかった。磁器はろくろ目は駄目だとされていた。きちっと作ってきちっちと仕上げる。ゆがんだものは良くないとされていた。陶器はろくろ目が美しい。「ろくろのやさしさを磁器に持ち込みたい」という気持ちがあった。
 得意とする表現は櫛目烈文技法。茶道具で発展してきた萩焼にはなかったが、砥部焼から持ち込んだ。土を円柱に作り櫛目を付け、ろくろで成形すると、模様の変化が限りなくできる。一つとして同じものはない。
 近年、陶器に磁器のような質感、表情を求める傾向があるが、櫛目烈文シリーズにそうした表情はない。無愛想なところが魅力だろう。
 陶器と磁器、変わらないものはフォルム。一番大事にしているのは、いいバランス。二つを作るのに違和感はない。「年に1窯はシャープなものを作っている。(ただ)ほとんど陶器」。萩には釉薬(うわぐすり)のバリエーションがある。焼き方で雰囲気が変わる。
 砥部焼で磁器を7年、萩焼で陶器を14年。「萩に染まっている」
 登り窯で作品を完成させるのが夢だった。いま一人でレンガを積んでいる。「5月には完成させたい。作風も変わると思う」
(文と写真・宇和島正美)
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