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窯展示室で。妻と弓道をやり、共に有段者。作品は09年山口伝統工芸展受賞の「粉掛櫛目花器」(径32センチ、高さ25センチ)
 手仕事にあこがれ、大学で工業デザインを学んだ。家具の作り手になりたかったが、学校ではデザインに重点を置く。青年にも世間は見えてきた。家具職人は少ない。
 4年生になって焼き物に触るようになる。生まれた長門・三之瀬は御用窯にゆかりの諸窯が窯の火を守る。一門で、曽祖父までは焼き物を家業にしていた。「焼き物をやるべきかな」と思った。家業が途絶えて久しい。卒業すると岐阜県の陶磁研究所で勉強、美濃焼の窯元で修業した。
 いずれは田舎にと思っていた。30歳になった春、「馬力のあるときに」と帰った。準備期間は1年。萩焼の材料に慣れるため、土、釉薬(うわぐすり)と土とのマッチングをテストした。
 翌年、三之瀬から2キロほどの深川湯本に開窯。注文の商品(食器類)を作りながら個展をやり、グループ展に出品した。ネットワークが増えるとともに学び、仕事に幅を付けてきた。
 37歳を目前に、三之瀬の真ん中に位置する実家で開窯、十代善右衛門を襲名した。結婚もする。
 「初めて帰ってきたという感覚。この谷(三之瀬)でやる限り、あまり変なこともできん。精神的にも伝統的な部分にも、切り込んでいかなくてはいけないんだという気持ちがあった。もう一度覚悟を決めた」
 取り組んでいるのは「粉掛櫛目」シリーズ。
 沈没船の積み荷の焼き物を引き揚げた「海揚り」の雰囲気を持つ「風化風」シリーズを進めた。時間の経過を表現するため、部分的に釉(くすり)がはがれるようにしていたのを、はがすのではなくシンプルに、作為は見せずに古っぽく出す。くし目で、もやがかかっているような雰囲気を表現する。
 作品には萩焼の土の特色を少し入れる。「シンプルにすることで、萩の土の特色が出てきている。もうちょっと、萩の雰囲気に寄せても。萩だというところを入れたい」
 昨秋、登り窯を自分で完成させた。やらないと、次のステップに進めないような気がしていた。
 現代的な形を求める。「ろくろにこだわらなくてもいいかなと。ぼちぼち丸くないものを作り始めている」
 焼き物は切りがない。イメージはどんどん変化していく。完成はない。「変化がある以上は変わっていきたい。気がついたら、こんなに変わっていたかな、ということはあるのでは」
(文と写真・宇和島正美)
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